前回の記事では、「加熱式たばこを屋内で使用した場合、周りの空気環境にどの程度影響するのか」について、試験用ルームを用いた検証結果をもとに、屋内空気環境に悪影響を及ぼさないことを確認しました。今回は、加熱式たばこの周囲への影響の「後編」として、実生活環境下での影響を把握すべく、実在するレストランで行われたエアロゾル受動曝露試験の結果をご紹介しながら考えていきたいと思います。
紙巻たばこの煙が周囲に影響を与えることは、公衆衛生機関によって結論付けられている。では加熱式たばこのエアロゾルはどうなのか?
WHO(世界保健機関)をはじめとする公衆衛生機関では、紙巻たばこによる環境中たばこ煙は、心血管疾患、がん、慢性閉塞性肺疾患など、重大な喫煙関連疾患の原因になると結論付けています。受動喫煙については、これまでに多くの研究がなされており、受動喫煙を受けている人の肺がん、虚血性心疾患、脳卒中、乳幼児突然死症候群(SIDS)などの罹患リスクは高いことがわかっています1)。実際に日本では、受動喫煙が原因で年間約1万5千人が死亡しているとの推計もあります2)。
さまざまなたばこ規制政策によって、紙巻たばこ喫煙者は年々減少しつつあります3)。しかし、依然として喫煙者の多くは喫煙を続けているのが現状です4)。そのような状況の中、近年紙巻たばこの代替品として普及が進んでいるのが、「加熱式たばこ」です。加熱式たばこは、たばこ葉を「燃焼」させず「加熱」することにより、燃焼に起因する化学反応を起こすことがないため、発生するエアロゾルに含まれる有害性成分の量は紙巻たばこの煙と比較し大幅に低減されています5)。
加熱式たばこ使用者本人の有害性成分曝露量をみても、紙巻たばこと比較し大幅に低減されていることがすでに実証されており、健康リスクを低減する可能性が高いことも確認されています6)。しかし、加熱式たばこはまだ販売開始から日が浅いということもあり(IQOSの日本全国発売は2016年)、周囲の受動曝露の影響までは、現時点で明確な結論を導き出すに至っていません。
まだデータこそ少ないものの、加熱式たばこエアロゾル受動曝露の影響について、たばこ会社や第三者機関においてさまざまな検証が進められています。
東北大学で行われた、加熱式たばこによる一般住民への受動曝露状況の実態調査7)によると、「日本では、20~69歳の10.8%が、加熱式たばこに受動曝露されている※」という結果が出ており、日常生活の中で加熱式たばこによる受動曝露機会が増加している今、その影響について科学的な検証が望まれていると考えられます。
※「この1ヵ月間で、自分以外の人が使用する加熱式たばこの蒸気を吸う機会がありましたか」という質問に対し、「ほぼ毎日」と回答した場合を、加熱式たばこエアロゾル受動曝露ありと定義
フィリップ モリス インターナショナル(PMI)では、加熱式たばこ(商品名:IQOS)使用による周囲への影響について、さまざまな角度から検証を行っています。前回の記事で、屋内空気環境試験用ルームを用いた検証結果をお伝えしましたが8)、今回は、より実生活に即した環境下での影響を捉えるべく、実在するレストランで行われた受動曝露試験9)をご紹介します。この試験結果をもとに、「非喫煙者が加熱式たばこの受動曝露を受けた場合に非曝露状態と比べて悪影響を受ける可能性があるのか否か」について、考察したいと思います。
実生活での加熱式たばこエアロゾルの受動曝露によってどの程度影響を受けるか(日本での受動曝露試験)
この試験では、加熱式たばこの使用時に発生する環境中たばこエアロゾルにさらされた環境下において、非喫煙者の人体にどのような影響が出るかを、被験者の尿サンプルを採取し評価しています。2017年11月~12月の期間にわたり、東京都内のレストランを用いてディナーを想定した試験を実施しました。全たばこ製品およびニコチン製品の使用を禁止した「非曝露イベント(設定)」を2回、加熱式たばこの使用のみを許可した「曝露イベント(設定)」を4回実施し、非喫煙者が加熱式たばこのエアロゾルに曝露していない場合と、曝露した場合の違いを検証しています(図1、表1)。
非曝露イベントと曝露イベント、両イベント共に開催時間は4時間とし、曝露イベントでは、IQOSユーザーが最初に会場に入り、他の参加者(受動曝露群)がイベント会場入りする1時間前からIQOSの使用を開始することで、環境中たばこエアロゾルが空気中に存在する状況をつくっています(図2)。
主要エンドポイントは、「ニコチン」と、発がん性物質として知られる「たばこ特異的ニトロソアミン(TSNAs)」に設定し、イベント前後の尿サンプルによって比較を行いました(表2)。
その結果、曝露イベントにおける非喫煙者の尿1g中に占めるニコチンの割合は、イベント開始前(ベースライン)が平均約0.04078mg/g creatinine、終了後は平均0.06205 mg/g creatinineであり、増加したものの極めて微量でした。この数値は非曝露イベント(終了後平均0.06876mg/g creatinine)に比べて小さいものでした(図3)。
また、副次的エンドポイントとして測定した屋内空気中のニコチン、TSNAsをみた場合、ニコチンは、曝露イベントで平均1.5μg/m³検出されていますが、これは米国労働安全衛生局による許容限度(500μg/m³)をはるかに下回るものでした(図4)。また、TSNAsは、曝露イベント、非曝露イベントの両イベントにおいて、どの非喫煙者からも検出されませんでした。
これらの結果より、実生活環境下でIQOSから発生する環境中たばこエアロゾルに曝されても、周りの非喫煙者のニコチンおよびTSNAsへの曝露量増加はないことに加え、IQOSの使用による環境中たばこ煙の発生は無く、屋内空気環境に悪影響を与えないことが確認されました。
加熱式たばこの受動曝露影響について、この試験結果のみではまだ明確な結論を出すことはできませんが、現時点で測定可能な検出方法の限りにおいては、加熱式たばこから発生するエアロゾルの受動曝露による影響はかなり限定的であると考えられます。この結果は、「煙のない社会の実現」に向け、受動喫煙の問題に向き合い、加熱式たばこの可能性を明らかにする上で大変示唆に富んだものであるといえるでしょう。
近い将来、加熱式たばこの受動曝露の議論を進めていく上での指針となるような、より包括的なエビデンスが出てくることが期待されます。
いかがでしたでしょうか。
前回記事の後編として、加熱式たばこの周囲への影響についてさらに深掘りし、実生活での影響を受動曝露試験の結果を踏まえて考察しました。
加熱式たばこに健康リスクがないわけではありませんが、現在ご紹介できる臨床データ結果の示す限りでは、使用者本人への影響のみならず、受動曝露による周囲への影響もかなり限定的であると考えられます。
今後、加熱式たばこエアロゾルによる周囲への影響については、たばこ会社の情報にとどまることなく、第三者機関による科学的エビデンスの蓄積と評価が多視点かつ急ピッチで進められていくことでしょう。それにより、受動喫煙に関する規制の策定もより科学的根拠に基づき行われ、加熱式たばこの位置付けにおいても社会からの「納得感」を得られる形で明確になることを願っています。
- 参考⽂献
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- 厚生労働省「喫煙と健康 喫煙の健康影響に関する検討会報告書2016」(https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai- 10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000172687.pdf)
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片野田耕太. 厚生労働科学研究費補助金
たばこ対策の健康影響および経済影響の包括的評価に関する研究 平成27年度報告2016.(https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/ 25303) - 厚生労働省「令和元年 国民健康・栄養調査」(https://www.mhlw.go.jp/content/000710991.pdf)
- 厚生労働省「ニコチン依存症管理料による禁煙治療 の効果等に関する調査報告書」(https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai- 12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000184202.pdf)
- Schaller J.P. et al. Regul Toxicol Pharmacol. 2016, 81, Suppl 2: S27-S47
- Frank Ludicke MD et al. Nicotine & Tobacco Research. 2018, 161‒172
- Tamada et al. Nicotine & Tobacco Research. 2022 Sep 24(9): 1430‒1438.(https://doi.org/10.1093/ntr/ntac074)
- Mitova MI, Campelos PB, Goujon-Ginglinger CG et al. Regulatory Toxicology and Pharmacology 2016; 80: 91-101.
- Peitsch et al. Toxicological Evaluation of Electronic Nicotine Delivery Products. Chapter19. Passive Exposure to ENDP Aerosols (https://doi.org/10.1016/B978-0-12-820490-0.00005-5)
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